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    はじめに。:Ourselves

    • 2011.02.27 Sunday
    • 02:08
     こちらは個人的に書いている小説「Ourselves」の説明欄です。


    ※7/25 序章加筆修正
    ※9/7 登場人物追加







    暫定バナーです。大きさが不揃いですみません。



    次の更新はいつになるかわかりませんが・・・

    このお話のネタ自体は中学2年生の時に思いついて、以来ずっと考えていました。いくつか書いていく中で減ったキャラクターや増えたキャラクターがいます。そして、当初はここまで大人数になるとは思っておりませんでしたorz

    あまりに多すぎて自分でも悲鳴をあげていなくもない(汗)

    そして、長すぎるのとなかなか続けて書く時間がないせいで、途中つじつまが合わないことも多々あるかと思われます。いつかはちゃんと修正しなければと思うのですが・・・やっぱり最後まで書かないことにはなかなか修正できないです・・・思いつきで文章を書く性質なので・・・



    自分ではネタバレのつもりではないのですが、もしかしたら危ういかもしれないので登場人物の部分は一応たたみます。

    第一部を書いたのは3年ほど前で、その続きを書くまでに1、2年のブランクがありました。

    ファンタジーものなので、現実世界とは全く関係がありません。

    世界観としては、一応「シャラザード」という名の世界になっています。一時期「シャラザード物語」にしようなどと考えていた時期もありました・・・

    この世界は大きく「ヘレケ」と「マルケ」という二つの空間に分かれています。
    ヘレケは神々の世界、マルケはただの人間の世界、というのが、この世界に生きる人々の一般的な知識です。また、ヘレケに住まう人間のこともヘレケ、と言いますし、マルケに住まう人間もまたマルケ、と呼ばれたりもします。

    神、という存在へのマルケの認識は、人間という存在、形、体を作ることのできる者、です。

    ヘレケからすると、その定義は少し違うので、ヘレケ自身が自分のことを「神」と呼ぶことはそう多くはありません。ですが、ヘレケ=神、の訳語ととらえていいと思います。

    実際のヘレケもとい神、あるいはマルケの定義というのは、以下の通りです。
    この世界にはリオンという青い龍がいます。彼女が作った「理」という、物理法則のようなもの、宇宙の摂理のようなものによって生まれた世界が本来のマルケという世界です。このマルケでは元々、リオンの作った理のもとで生まれた植物動物、そしてリオンを追って付いてきた赤龍という種族のみが生きる世界でした。つまり、人間という存在は元々はありませんでした。

    まだ、理由を詳しくは書けないのですが、シャラザードには龍という、人間と同じ姿のようでそうではない特殊な生命体がおり、これらは青龍、赤龍、金龍の三種族しかありません。このうち青い龍は世界を作る能力(理を作る能力)を有しており、金龍や赤龍はその理に基づいて生まれるものを安定させる力があります。赤龍はみな人型をしていますが、青龍は危うい存在で、青い靄のような姿が本来の姿です。青い龍は理を作れるかわりに自己を保ち続けることはできません。青龍が消滅すれば理も消滅するので、作られた世界も消えることになります。青龍の存在を安定させる力を持つのが「星」、と呼ばれる存在で、金龍のみその資質を備えていますが金龍の誰でもがなれるわけではなく、青龍と同調しやすい者だけが生まれながらに星と呼ばれます。

    この物語で、マルケを作った青龍はリオンという名を有しています。彼女の星となったのが、ヘレケの祖であるルメナという星です。金龍もまた、光の粒、液体のような姿で人型をとれません。(とりたくてもとれません。青い龍は星があればかならず人型でいられますが星がなくとも短時間であれば人型をとることができます。)人型は、龍達が存在を安定させられる最も適した姿になります。ルメナがリオンの元に集っていた赤龍の種族などを見て、見よう見まねでリオンの理を借りて作った人型が、ヘレケです。

    ヘレケはやがてリオンの理と同調し、各々で子孫を残すようになります。生き物として定着したということです。ヘレケが死んだ時、ヘレケの死んだ魂は行き場がなく、ヘレケ内で暴走をするようになります。そのためそれらの魂を還元しうまく循環させるためにヘリュイディケという名の冥界をルメナは作ります。ヘリュイディケに渡ることで一度死んだ魂は循環し転生するという効率的なサイクルが出来上がります。やがてマルケにあった命の循環もヘリュイディケが担うようになります。

    ところが「元々生まれえなかった魂」、つまり、死産した胎児の魂などは、魂自体が存在を持っていないためにヘリュイディケに行くことができずヘレケで暴走するようになります。それらの行き場のない魂に存在を与えるために急遽作りだされたものが、マルケと呼ばれるマルケに住む「人間」の祖です。ヘレケの神々たちは、模造物が自分達と同じ世界にいるのを嫌ったために、それらの模造物は全てマルケに追いやられることになりました。やがて、ヘレケの罪人もまたマルケにおとされるようになり、ヘレケでの一般的なマルケの認識は、「穢れたもの」です。一度マルケに下った魂は二度とヘレケに戻れないようにされてしまいます。

    マルケは元々リオンに従って動いていたのですが、神々の力とヘリュイディケという発明に、マルケの生き物たち、赤龍も皆ヘレケにしたがうようになっていきます。それが、マルケからヘレケが「神」と呼ばれるようになった所以です。

    そうはいっても理を支配しているのはリオンであり、つまりリオンはやがて人々の脅威になっていきます。リオンはやがてマルケもヘレケも滅ぼし世界を無にしようと考えるようになります。それを止めるために彼女を封印したのが、ルメナの体から最後に生まれおちたセナと絶対神ソミア、そしてかつてはリオンのもとに集っていた7人の赤龍でした。この辺りまでが前神話時代、という位置づけになっています。

    ・・・と、ここまでが導入部分です・・・長い・・・自分で書いてて疲れてきました。きっと読む方はもっと疲れるでしょうね・・・本当にすみません・・・

    この物語の舞台は基本的にマルケの物語になります。ヘレケがちょこちょこ関わってくるのは、シェリバールがソミアの生まれ変わりであるせいと、あとで出てくるヤエという少年が絡んでいるせいで、この物語で出てくる登場人物は大半が前世はヘレケでソミアと何らかの関わりがあった者ではあるのですが、基本的に皆「二度とヘレケに戻れない=完全にマルケ側の人間」なので、主体はマルケです。神話時代の物語が神々のいなくなった現在に関わってきている状態です。

    マルケはマルケに伝わるとある神話に基づき、二つの勢力、ダゲルとセレスに分かれて何千年も争いつづけています。基本的に、登場人物たちはセレス寄りの教育を受けて育ってきているので、ダゲルの民を「悪」とみなしています。(セレス教ではダゲルが悪)

    一方、ダゲルはダゲルで、セレスを異分子とみなして排除しようとしています。これは、一つの神話の双方での解釈の違いによるものです。

    そして、(その理由は後に明かすつもりですが)ダゲルとセレスの混血児は、青竜、と呼ばれる化け物としての能力を有することが知られており、この2つの民族同士の婚姻は一般にタブーです。

    セレス教では、大神ソミアとその妻セナを祀っています。そのソミアの生まれ変わりが物語の主人公です。その主人公が何故かその混血児として生を受けてしまう。しかも、神々の時代、共に過ごした仲間は記憶を多かれ少なかれ有しているのに対し、彼は(そして例外がもう一人いますが)記憶すら持っていません。

    この、神話というのは、その昔セナとセナの弟であるシャオという神が人間(マルケ、マルケの体)を作ったという事実から彼らを崇める意味で伝わってきたものです。詳しくは本編で、ということで割愛しますが、ヘレケやマルケが混乱に陥ったのはシャオが狂ったためであり、セナはそれを止めた英雄神だとマルケのセレスサイドには伝えられています。

    またダゲルサイドでは、シャオが始祖ということになっており(ダゲル民はシャオ神の末裔だとされています)、セナは敵、シャオが崇めた青龍リオンこそ崇めるべき対象として認識されています。

    実際には、ダゲル民というのはもともと罪人としてマルケに追いやられたヘレケの民が、それぞれに結びあって子孫を増やしてきた種族であり、事実上神の末裔に他なりません(とはいえ資格を失っているので力は失っています)

    セレス民は逆に、セナやシャオが作った人間達、模造物の子孫です。

    シェリバールは記憶を持っていないので、自分が生まれ変わって生まれてきた意味は、マルケに転生していたセナやシャオ、あるいは他のかつての同胞たちの魂を救うためなのだろう、とぼんやりと捉えているのですが、実際にはそれは理由の一つであってもっと大事な訳があります。しかしそれらは、シェリバールが全く前世の記憶を持っていないせいで今のところなかなか明らかになっていない状態です。

    これでも大分匂わせることはできてきているかなあとは思っております。

    シェリバール、つまりソミアだけがこの世界の真理を把握しているだろうと思われるため、彼がまずは記憶を取り戻さないことには物語が本当の意味で始まりません。

    なので前篇を現在「青き種の物語」と題して書いています。今ようやく第九部まで来ましたが多分前篇はあと三部分くらいは必要かと思われます・・・シェリバールが記憶を取り戻すまでが前篇です。

    そして記憶を取り戻したうえでどう生きるかシェリバールが決め、目的を果たすために(ソミアが生まれ変わって来た大きな目的が存在しているので)生きつつ、セナの生まれ変わりであるアンディスや、シャオの生まれ変わりであるリーヤを呪縛から解放してやろうとするのが後篇になるはずです。

    それから中篇を、前後篇ほどは長くならないはずですが入れる予定です。(これはある意味番外編で、ソミアとはあまり関係がない物語になります。)

    あまり上手く説明できていなくて申し訳ないです。


    それから書き忘れていたのでもう一つ補足を・・・

    青い龍一人に対して一つの世界があります。つまり、青い龍の数だけ世界があるということです。現実世界の事象でたとえれば、シャラザードは宇宙のようなものです。そして青い龍のつくる世界一つ一つが、天体のようなものだと考えていただければわかりやすいと思います。

    つまり、この物語は「リオン」という名の一人の青龍が生み出した、シャラザードという宙の中に存在する、とある世界の物語です。

    なぜ、他にも青い龍が居るかもしれないのにあえてリオンの世界の物語を描こうとしたのかにも一応わけがありまして、これにはヤエという少年とルメナという存在の定義がかなり関わってきています。

    これについてはまだ本編で描いていないので今は割愛します。



    それでは以下、登場人物についての補足です。

    登場人物はまたおいおい追記していこうと思います。






    続きを読む >>

    Ourselves 00

    • 2011.02.28 Monday
    • 21:51
    序・青の中に潜む影

    それはただ一つの誓い。

    ただ一つの願い。

    ちっぽけな手。

    何もできない無力な己。

    それでも欲しいものがあった。

    何を犠牲にしても。己の片翼でさえ。

    他者ですらもその道具として、手に入れたかった。

    どれほどの刻を経ても構わない。

    それでも欲しかった。

    ただひとつ。

    「禍罪」と言われたその少年は、

    その時己がどれほど残酷な笑みを浮かべていたか、

    気にかけるつもりもなかった。

    紺碧の深海を、瞳に浮かべ、

    ただその眼差しだけは穏やかにたゆたう。

    己を蝕む容赦ない欲望を自覚して、

    少年は初めて、「生きている」と喜んだ。

    そう。

    他には何もいらない。

    けれど、絶対に、諦めない。


    ただ、欲しいのは、あなただけ―







    Ourselves 01

    • 2011.02.28 Monday
    • 21:57

    一、青き種の物語

    序章
     序章へのプロローグ



    いつまでこの世界に縛られ続けなければならないのだろう。

    いつになったら解放されるのだろう。

    あの頃俺が望んでいたのは、ただ一つだった。


    救いたかった。何もかもから、ただ、ただ救いたかっただけだ。

    あの人が救われるのなら、この宿世にも耐えていけると思った。
    それが、今では。
    いつの間にか、あの人に救いを求めていた。


    世界の平和を、なんて、綺麗事だった。

    俺はただあいつが憎くて、世界が憎くて。

     

    世界が好きだったこと、嘘じゃない。

    愛していた。美しかったから。嬉しかったから。守りたかった。

    守れなかった。

     

    あの日々は、遠くて。

     

    全てを壊したあいつを、全てを裏切ったあいつを、止めなければ、と思った。

     

    どこで間違ったのかな。

     

    確かにあの時俺は、ただあいつを、純粋にただ、止めたかっただけだったのに。

     

    いつの間に、憎むようになっていたのかな。

    もう、それ以外の感情なんか、知らない。

     

     

    貴方が殺してくれなかったから、悲しかったんです。

    貴方が俺なんかを殺さなくて済んだから、ほっとしたんです。

     

    結局俺は、どうして欲しかったんだろう。

     


    本当は、


    俺は、貴方に救いを求めていて。

    それを、知っていて欲しかった。

    けれどやっぱり、知られたくもなかった。

     

    いつの間にか、自分がどんな人間だったかさえ見失った、ただ真っ黒なだけの俺。
    本当の俺は、あの人以外に知られたくない。
    それなのに、あの人のことを、知りたいなんて、結局思っていない。

    怖いんだ。

    置いて行かれるのは、置いていかれそうなのは、怖いんだ。

    怖かったんだ。
    俺は、俺自身が、
    憎らしくて。



    俺は、卑怯だね。







    序章
     アンディスの章

    一、葛木


    拝啓 ドアドルク殿

    あなたはオドレア=シトをご存知だろうと思います。

    あなたが本当に僕の思う人物であれば、僕の言うことは分かってくださると思うのです。もしそうでなければ、精神でも患った気違いの言うことだろうと捨て置けばいい。

     

    僕は無事にまたこの世界に生まれ落ちました。けれど、この紐を見ていただければある程度察してくれるだろうとは思うが、僕はあなたのいるであろう場所にすぐに向かうことはできない。

    貴方のことだから、別に君が居なくても大丈夫だよ、とでも言いそうだけれど。

    この僕自身にとっては、会ったこともなく、本当に僕の思っている方かも確証がない、そんな貴方にに今こうして文を認めることにしたのは、今僕がとても孤独だからです。

    僕は、物心ついたときから、ずっと孤独でした。僕は僕ではない。僕には、前世の記憶がある。そしてこれが前世の記憶だということもわかっている。生まれ変わってきた全ての記憶があり、全ての知識が入っている。忘れたものは、おそらく一つもないということもわかっています。そして、今までの僕の前世たちは、それをそれとして受け入れていたということも。

    けれど、なぜか僕自身が、それを受け入れようとしてくれないのです。頭では分かるのに、まるで拒絶反応のようだ。「僕」というこの身体が、魂が、今までどおりにさせてくれないのです。できないのです。この僕が、運命にとらわれることから逃れようとあがいています。セナの生まれ変わりの僕としてではなく、アンディス=ラルクとして生きよ、と命じている気がするのです。 
    記憶はどんなに年齢、経験を積んでいても、アンディス=ラルクとしての僕は、まだたったの十歳で、なす術がわからず、助けを求めたくともどうしようもありません。

    僕にはわかります。あなたがあの日のドアドルクと同じ心を有しているならば、わかってくださると。なぜならあなたも僕と同じだからです。あなただけが僕と同じなんだ。離れていても、やはり感じます。生まれた時から感じていた。あなたの存在を。

    本当は、あなたの魂の存在を感じながらも、あなたにはこれ以上頼りたくはなかった。今までの私を知っていらっしゃるから、それはご理解いただけると思います。けれども唯一私が弱音を吐けるのもあなたしかいない。記憶もない輩に僕の苦しみなどわかってたまるか。

    僕がこれほど、前世と格闘する人格として生まれ変わってしまった理由もわかっているのです。

    あの方が、この時代に生まれてきてしまっているからです。望んでいた。 けれども望んでもいなかった。会いたい。けれども会いたくないのです。会ってしまえば僕はセナの魂に苦しめられてしまう。愛した記憶が消えない。けれども 僕は彼を愛したくないのです。僕は同性愛者になる気は毛頭ありません。なぜなら彼の魂を愛する気持ちは、セナとしての、僕が女だった頃の記憶によるものだ からです。これほど解放されたいと思ったこともありません。けれども僕には、やつの魂を浄化できなかった。この魂に、やつへの憎しみがうずまいているから です。結局は、やつの、この世界の、そして私の浄化をなしとげられるのは、彼しかいなかった。悔しい。本当に、悔しい。彼を、再び、この世界にまきこんで しまうことが情けない。

    それともう一つ、僕が待ち焦がれていた魂がこの世界にあることも、感じています。

    けれど、どうして今、じゃなければいけなかったんだ?どうして、あの人は今生まれてきてしまったんだ。僕は先に、あいつを殺したかった。滅ぼしてしまいたかった。そうすれば全てが終わると思っていたのに、二人は同じ時代に生まれ落ちてしまった。僕は一体どうしたらよかったんだろう。今まで生きてきた意味が、わからなくなりました。


    それでも僕は、あの日のあの時代の惨劇を、繰り返してはならないから。僕自身も壁を乗り越えなければならないから。僕はあの人に会いたい。会いたくないけれど、きっと会わなければいけない。けれどどうしたって、今の僕の力ではそこに行くことができないのです。もどかしいばかりで焦る一方だ。あなたの助けが必要なのです。どうか、早く、迎えにきてください。あなたに頼るしか、もうなかった。だからこうして手紙を書いたのです。
    本当は、なぜ、自分から来てくれないのかと言いたいくらいだ。あなたはいつだってそう、飄々としている。

                     敬具     アンディス=ラルク=バサラ



    「ほーお」
    銀髪の、端正な顔立ちの青年は楽しそうに呟いた。
    飴色になった窓枠にちょこんと座ったカジギドリが、くるる、と喉を鳴らし、その大きな瞳で、青年に、何かを訴えるかのようだ。
    「僕は、決して筆不精などではないけれど…ね、」
    青年は直毛の、さらさらと風になびく顎までの長さの髪をうるさそうにかきあげ、片目を閉じて見せた。
    「でもこういう場合は返事はしないのが主義なんだ。さ、ご主人様のところにお帰り」
    カジギドリはうらめしそうに、ぐるる、とうなった。
    「だーいじょうぶ。後で僕も追いかけるから、君をね」
    青年は鼻歌を歌いだす。
    「欲言っちゃえばこんなに熱い手紙書くほどの気概があるんだったら、やっぱり自力で僕の所にきてほしかったよねぇ」
    無茶言うな、といわんばかりにカジギドリが羽をばたつかせる。青年はふっと微笑んだ。
    「ま、十歳じゃあしかたないか」

    カジギドリは先に窓からでていった。青年はひゅう、と口笛を吹いた。
    「まあ…、どうせならかき乱すのも、悪くはないな」
    そしてもう一度手紙を読み返す。
    青年の名はドアドルクといった。ドアドルクは思いをはせる。

    ―アンディスとやらはなかなか面白い子のようだね。

    ドアドルクはくすりと笑う。

    こうして七面倒臭い手紙を書いてくる時点で、鬱陶しいったらない。非常に面倒で、だからこそ面白くドアドルクには感じられた。今までとは全く違う。

    ドアドルクは彼と付き合いが長かった。常に彼を導いてきた。
    ある時は師匠であり友であり、またある時は父だった。

    そして今度は…

    常に陽気さを忘れないドアドルクの瞳に、一瞬だけ、暗い色が浮かぶ。

    ―自分ばかり辛いと思うんじゃないよ。

    しかし次の瞬間ドアドルクは再びにっこり微笑んでふわっと宙に浮いた。
    「それでもやっぱりおまえが一番可愛いよ。たぶん、実の息子よりもね」
    そんな言いつつ手紙を小屋につないでいるヤギに放り投げる。ヤギは飢えていたかのように手紙をむさぼった。
    「おいおい、もっとお上品に食してくれよなぁ。じゃあ、みんな、すこーし留守にするからな。適当に元気でいてくれよぉ」
    家畜どもに大袈裟に手を振り、ドアドルクは宙を舞い、空の向こうへと消えていった。

    あとには、そよ風と、ヤギのたてるくちゃくちゃとした音だけが残される。






    Ourselves 02

    • 2011.02.28 Monday
    • 22:00

    *************
    …思い出したら腹がたってきた。
    アンディスは、顔をしかめた。彼は北域の海岸沿いを歩いていた。
    アンディスは、早十四歳になっていた。ドアドルクに生家から連れ出されてもう四年になる。
    空を飛んでやってきたドアドルクを見た時には、さすがに呆れた。ドアドルクのことはよく知っていたから、彼が空を飛んできたところでさして驚きはしないが、目立つ行動を控えろと何度言えばわかるのかと頭を抱えたくなった。
    しかも、アンディスの家族がアンディスを連れ出されるのを拒むと、ドアドルクはさも楽しげに家中を崩壊し、あげく水浸しにした上人さらいというなんとも非道徳的な強硬策に出たのである。そもそも下手すれば国家問題に発展しかねなかった。無難に済んだのは、アンディスがかねてから家出を試みたりなんだりと、家族を嫌っていることが明白だったからに他ならない。それでも少しだけ、あの後家族はどうしたのだろうかと不憫に思った。

    アンディスはあれ以来、親兄弟には一度も顔を見せたことはない。アンディス自身が、彼らのことを嫌っていたわけではない。それでも、生理的に受け付けられないものがあった。彼らは自分【達】が何よりも憎んできた血族なのだ。その血が自分の体に流れているだけでも恐ろしかった。家族というだけで、彼らを愛してしまうかもしれない可能性が、怖くてならなかった。

    もし愛せば、許してしまえば、今までの自分が意味がなかったことになる。
    アンディスは、自身の扱いにくさにも手こずっていた。今までの前世では、彼は記憶に忠実に生きてきた。姿や名前こそ変えはしても、魂は同じだった。
    けれど、アンディスとしての自分はただ記憶を持っているだけで、魂はまるで別の誰かであるかのように人間ができていなかった。我が強すぎるせいで記憶の魂さえ打ち負かしてしまうのだ。

    ドアドルクは、アンディスに根本的な人への思いやりが欠けているからだ、と思っていた。だからといってそれを口に出すことはしなかった。気づけるならアンディスが自分で気づけばいいことだし、気づけないのならその程度の人間だというだけだ。いつも飄々として見せているドアドルクは、そういう人間だった。彼もまた、酷く冷えた人間なのだ。
    アンディスは、ひたすら歩いていた。空を浮遊する気にもなれなかった。どうにも落ち着かない。むしろ、激しく狼狽し、興奮していた。表情があまり顔に表れなくて、アンディスの心の動きは傍目には決してわからないのだが。
    初めは、その様子を頬杖をついて眺めていたドアドルクも、陽が傾き始めた頃にはアンディスに手招きした。その瞳には、深い愛情が浮かんでいる。
    アンディスが戻ってくると、ドアドルクは優しく微笑み、木の枝やら葉っぱやらがからみついたアンディスのくしゃくしゃな髪をかきむしるように撫でた。
    「それで、どうだったんだい?」
    アンディスは、自分よりもはるかに背の高いドアドルクをきっ、と睨みつけ、何もいわず食卓につき、籠に入れてあった林檎をまるかじりしだした。ドアドルクはふっと息を吐いて、腕を組んだ。
    「君はやはりセナ様そのものなんだねえ」
    アンディスは再びドアドルクの銀色の瞳を刺すように睨んだ。
    「どういう意味です」
    ドアドルクはくすくすと笑った。
    「君は現実として、セナ様の記憶にもろに惑わされているじゃないか。たとえばつい先の頃の記憶…オドリーとしての記憶や、それより以前の記憶よりもね」
    アンディスは黙っていた。
    「オドリーは特に、よくできた人だったよ?今の君のように感情に左右されなかったのだし。オドリーとは似ても似つかなすぎてね。笑ってしまう。たまに、本当に同じ魂を持っているのかと疑いたくなるよ」
    「あなたにはわからないんだ」アンディスは吐き捨てるように言った。「僕が未熟だということもわかっていますけれど」
    ドアドルクは目を半月状に細めた。
    「そりゃそうだ。僕とてオドリーが腹の中で何を思い生きていたかはわからないよ、でもねえ」
    しばらくそこで言葉を切り、自身も椅子に腰かけると、
    「顔を見るだけでこうも心をかき乱されているようじゃあね…。これから嫌でも関わらねばならない時がくるというのにどうするのかな」
    アンディスは視線を少し落とし、低い声で呟いた。
    「行けと言ったのはあなたです。僕が行きたかったのではない」
    「それでも自分が行ったのだろう?君は本当は、」
    アンディスは唇を噛んだ。「もう、それ以上は言わないでください」
    アンディスは爪がくいこむほど右手を堅く、堅く握りしめ、うつむいた。
    そうだ。結局は、自分がただ会いたかったんだ。この眼に入れたかったんだ。
    他に、理由など、ない。
    アンディスがその昔、セナというまだ女神であった頃、唯一人全てを捧げて愛せたその人の生まれ変わりに、ただ会いたかった。
    そして、彼の顔を、見た瞬間、頭の上から足元へと、崩れ落ちる心地がした。恋い焦がれる気持ち。アンディスは、その瞬間、自分がアンディスであることを忘れていた。一つの魂、女としての魂だけであった。彼の姿が見えなくなるまで、結局我に返ることすらできなかった。残ったのは、激しい、自身への怒り、恥だけだ。

    空色の透きとおるような髪。その金色の瞳には、確かに【彼】の魂が宿っていた。胸が、ひどくかきむしられた。これほど男として生まれねばならなかった自分を、過去を、呪ったことはない。

    ―では僕自身は?僕は僕として何のために生まれてきた?

    魂の記憶にひきずられる自分の中に、アンディスとして生まれてきたはずの自分をどう見出せばいいのかと、アンディスはただただあがいていた。そして、そうやって抗おうとする己こそ、アンディスとしての証なのだと信じていた。セナの生まれ変わりとしてではなく、一人の人間として生きたいと、苦しむことこそが、今までのセナの生まれ変わりとこの自分とを切り離せる、唯一つのものなのだと信じていた。

    そう信じなけれは、激しい情熱を有したこの身体と共には、生きていけなかった。

    ドアドルクはアンディスを静かに見ていた。そこには何の感情もないかのようにさえ見えた。しばしの沈黙をおいて、ドアドルクは静かに言った。
    「そうだねえ…君はそろそろ、恋の一つや二つしたほうがいいのかもしれないね?君のその心の混沌は、おそらくそれによってしか救われないよね。セナの生まれ変わりとしてではなくて、一人のアンディスとして、恋をしたらいいよ。人を、愛せばいい。いいじゃないか、いい加減、君が解放されたって?ね?」
     
    無理だ。アンディスは首をただただ振った。
    あの人がいなければできたかもしれない。けれど。
    あの人がいるから、
    こんなにも囚われているから、無理なんだ。
    救われはしない、と。

    胸の中で、何かが微かに震えたのは、気のせいだったのだろうか。

    まるで自分の中に、梟がいるようだった。

    夜に向けて、瞼を開ける―

    むせ返るような黄緑の滲む、深い森の奥で。

     

     



    Ourselves 02.5

    • 2011.02.28 Monday
    • 22:05
     閑話、片端

     

    ―私は貴方を、貴方の抱える全てから守りたい。でも、違う。本当はそうじゃないんだ。守りたいんじゃない、守ってみせたいんだ、私が。
    そう、ビティアから言われた時、アンディスは一人の少女のことを、思い出した。
    ―わたし、あなたをすべてから解放したい。
    彼女はそう伝えた。
    記憶の片隅にしまった少女。忘れなければ、生きてゆけなくて。

    だから、忘れた。思い出そうともしなかった。
    少女の記憶と共に、アンディスとして生きるためにあがき、もがき苦しむ自己も封印した。

    運命だったから、と、諦めて、割り切って、『アンディス』を捨てた。
    あとは、ただ、シェリバールのため、シェリバールの生きる世界のために、生きた。それだけが、前に進む支えだった。

    前世の記憶と共に。前世の奴隷と化したって、もうどうでもよかった。構いやしなかったことだ。それでも。

    ―ああ。
    いつだったか、ドアドルクが俺に言った。
    君はつまらない人間になってしまったね、と。

    ―僕は君があんなにもあがいていたのを正直馬鹿馬鹿しいと思っていたよ、逃げられる訳がないだろう、ってね。けれど同時に愛おしかったよ。希望をみていたよ。だからこそ僕は君が解放されるようにと、人を愛せと言ったよ。こんな風になって欲しくて言ったのではなかった。

    あの時、あれが彼の、最初で最後の心の叫びだとは気づいていた。それでも、聞き流して深く考えないようにした。

    それほど痛い記憶だった。ただ、笑っただけだった。傷をえぐられたくなかった。誰にも心の内を見せなくなった。ドアドルクにさえ。自分の心に入り込もうとする人間を避け続けた。目を反らし続けた。完璧な奴隷であることに満足した。完璧であればあるほど、神に戻れる気がしていた。けれど、
    ビティアに、気づかれてしまうなんて。

    いつの間に気づいたんだろう。

    ビティアの前では、自分が自分としていられるのだ。そうしていていいのだ。そうすることを、許されたのだ。そのことに、気づいた。自分は、ビティアがいるから、『アンディス』という一人の男になっていいのだ。

    やっと、解放された。

    同時に、記憶が一つとして消えず刻まれていくこと、その痛み苦しみから、解放されていた。まるで霧が少しずつ薄れて晴れていくようだ。


    ―忘れることだって、できてたんじゃないか。

    過去に、前世に囚わせていたのは、この運命ではなく、諦めてしまっていた自分自身だったのだ。

    生きていける。

    アンディスは、泣いた。八年ぶりに、初めて泣いた。彼女が消えてから、泣かないと決めていた。けれど、もう、泣いていい。人間らしく生きていい。人間らしく生きる喜びを、二度も教えてもらった。一度は、見失ったけれど、

     

    もう、決して、迷わないから。


    アンディスは、額をビティアの肩にもたせかけ、静かに泣いた。ビティアは、ほっと溜息をつき、そしてアンディスのぼさぼさした黒髪を、ぽんぽんと撫でた。





    Ourselves 03

    • 2011.02.28 Monday
    • 22:09

     

    三、逃避


    アンディスは、針葉樹林の中を、ひたすらつきすすんでいた。どこかへ行こうとしていた訳でもなかった。裏切られた、という思いだけが、アンディスを突き動かしていた。


    アンディスは、もうドアドルクのもとに戻るつもりはなかった。

    わかっている。彼が悪いのではない。

    けれども、胸の内からあふれてくる怒りを、やるせなさを、抑えることができなかった。

    ―何故、彼の子供が、やつでなければならなかったんだ。 

    その梔子色の髪の毛と、うっすらと開けた若葉色の瞳を見た時、アンディスは、突発的に、彼を殺してやりたくなった。
    ―今、ここで息の根を止めてやれば、終わる。
    その思いが、渦巻いた。前世での憎しみに、呑まれた。

    それをドアドルクが、静かに制した。ドアドルクの、冷たい眼と、その言葉に、アンディスはひどく失望した。そこには何の感情も込められていなかった。
    「今の君こそが、悪魔だ」

     

    その日の明け方、久しぶりにドアドルクは戻ってきた。アンディスは、彼には愛する女性がいること、二人の間には、子供もいること、そして、詳しいことは 知らないが、共に暮らすことが叶わず、こうしてたまに会いに行くことしかできないでいることを、ドアドルクから聞いて、知っていた。しかしアンディスは、 なぜか、その子供には、会いたくなかった。会ってしまうことを、肌で拒否していた。それでいて、いつかは会わなければならない気もしていた。それどころか、彼を、守らねばならない日がくるのではないかとさえ、思っていた。

    けれどもその日、ドアドルクが共に連れてきたのは、まさにその子供だった。彼は、ひどい怪我を負い、瀕死の状態だった。ドアドルクは今までアンディスが見たことのないような、静かな、しかし激しい怒りをその顔に浮かべていた。

    子供は、アンディスとそう変わらない年端に見えた。梔子色の輝く髪と、透きとおるように白い肌、そして腹部と頭からにじみ出ている真紅の血が、ぞっとする ほどあまりに美しく、まるでそこには神からの使いがいるかのようだった。ドアドルクは少年を寝台にそっと寝かせ、薬箱を取り出し、応急処置で巻いていた包 帯をはずし、手当てを始めた。

    アンディスの体中に、鳥肌が立っていた。ぞわぞわと、胸の中に何かが渦巻き始めた。息は荒く、顔は蒼白になっていた。

    こいつだ。コイツダ。

    はあはあと苦しそうにあえぎながら、少年はうっすらと目を開けた。その瞳に宿る魂に、アンディスは、ついに我を忘れた。

    殺さねば、今、ここで殺さねば。

    背中に携えた長剣を、稲妻のごとき速さで取り出し、少年の心臓に向かって振り下ろした。

    やった、と思った。しとめたと。

    しかし、振り下ろした剣の先に、少年はいなかった。アンディスが剣を振り下ろした場所は、仰向けに横たわった少年の、右腕すれすれの処であった。
    どこにそんな力が残っていたのだろう。少年は、朦朧とする中で、反射的に、身をかわしたのである。そして、それにすら、気づいてもいないようだった。

    アンディスは恐怖に震えた。やはり今、今ここで息の根を止めておかねばならない。
    アンディスは、半ばとり憑かれたように、再び剣を振りかざした。

    その腕を、取り押さえた者がいた。
    ドアドルクだった。
    ドアドルクは、静かにアンディスの瞳を見つめた。その漆黒の瞳には狂気の光が宿り、唇は気味が悪いほどどす黒く、頬はまだらに赤らんで、額には大粒の汗がいくつもいくつも浮かんでいた。
    それは、獣か悪魔か。この世のものとは思えぬほど、空恐ろしい姿だった。
    ―これが、神の寵児の真の姿なのではないだろうか。結局は、神の獣なのでないだろうか。神は、本当は、何よりも邪悪で、恐ろしく、普段はそれがわからないだけなのではないだろうか。

    ドアドルクは、悲しく思った。この、目の前の、哀れな獣を、心から悲しく思った。
    「アンディス、」ドアドルクは、アンディスに届くことを祈りながら、自身の心へ突き刺さる、刃と引き換えに、言った。自身が生み出した、運命を呪いながら。
    「今の君こそが、悪魔だ」
    目の前の漆黒の髪の少年は、しばらくその意味がわからないでいるようだった。次第にその瞳は、いつもの愛らしい光を取り戻してきた。
    アンディスは、震え、愕然とし、剣をゆっくりと鞘に納めた後、風のように扉の向こうへ消えた。

     

     

    しばらくして、アンディスはふと立ち止まり、顔を上げた。周りはすべて、緑の世界だった。空がよく見えないほど、背の高い木々が密集して生えていた。後ろを振り返ったが、靄がかっていて、よく見えなかった。足もとの草は、ぼうぼうと生えていて、アンディスの膝くらいまでの長さがあった。かなり歩いてきたようだった。微かに涼しい風がふき、アンディスの前髪を撫でていった。鳥の声が、小さく、こもって聞こえてきた。ひんやりとしたものが、頬をつたった。そこで初めて、彼は自分が静かに泣いていたことを知った。アンディスはそのまま、声を出すこともなく、ただ涙を流しながら、その場に崩れこんだ。悲しかった。ドアドルクの息子を愛せない自分が、ただ悲しかった。

    僕は、一体、どうすればよかったんだろう。今までも、どうしてくればよかったのだろう。助けてください。

    助けてください。

    アンディスは、いつか見た海の色の髪をもつ少年に向かって、心の中で叫び続けた。早く、あなたの言葉が聞きたい。あなたしか僕を救えない。もう、僕は、
    僕だけじゃ、無理だ。

    誰かに救って欲しかった。包み込んで、優しく、愛してほしかった。何も考えないですむ世界に、その人と二人だけでいたかった。誰かに、傍にいてほしかった。自分が心を本当に許せる相手に。
    女に生まれたかった。アンディスは膝に顔をうずめた。

    僕の魂は女だ。女であれば彼に恋することもできただろう。別の、代わりになる誰かが早く現れて欲しい。

    アンディスはまだまだ子供で、弱気になる自分をどうすることもできなかった。

    しばらくして、アンディスは再び歩き始めた。その顔は、ひどく無表情だった。何の希望も抱いていなかった。このまま歩き続けて、どうにかなるわけでもなかった。次第に足は悲鳴をあげてきた。森は行けども行けども終わりがなかった。辺りには霧がかかっていた。途中、凍えるほど寒かった。それでもアンディスは足を止めなかった。空恐ろしさが身を包んだ。吐き気と目眩がした。金縛りに遭うことさえあった。それでも歩き続けた。

    ふいに、空気がふんわりと暖かくなった。なんとなくなつかしい、においに包まれた。辺りはうっすらと明るくなっていた。しかし上を見上げると、満天の星空が見えていた。
    視線をゆっくりと前方に移すと、そこには大木があった。
    人間が何人腕を広げればいいのかわからないくらい、太い幹だった。アンディスはおそるおそるその幹に触れた。また涙が溢れてきた。包み込まれる心地がした。 
    ふいに、優しい歌声が聞こえてきたような気がした。アンディスは、頭を木の幹にゆっくりともたせかけ、いつの間にか深い眠りに就いた。


        ******


    アンディスは、ささやかに聴こえる歌声に、ぼんやりと意識を取り戻した。何か、ふわふわとしたものの上に寝ていたようだった。ゆっくりと顔を起すと、そこは、七色の霞の世界だった。何かがちろちろと瞬いていた。そよそよと暖かい笑い声が聞こえていた。ゆっくりと体を起こすと同時に、頭がキンと痛んだ。体の下に敷き詰められていた芝生をおもわず左手で握りしめ、アンディスは痛さに顔をしかめた。その額に、何かひんやりとしたものがそっとあてられた。

    アンディスはひどくぼんやりしていた。
    目の前にいる少女は、アンディスより少し大人びた雰囲気を持っていた。しかしその優しさをたたえた空色の瞳には、まだ幼さが残っていた。アンディスがじっ と見つめているのに気付き、少女はユーカリの葉をもつ手を少しびくっとさせたが、頬を杏のように染め、またアンディスの額や頬に、ユーカリの葉をあて始めた。

    きれいだなあ。

    アンディスはぼんやりと少女を見続けた。肩にかかった濃紺の髪が、艶やかに、たおやかに風になびいて、陽の光できらきらと、満天の星空のように美しかった。つぶらな一重の眼と、整った鼻筋、こぢんまりとした淡い桃色の唇が、とてもよく合っていた。
    アンディスは、ふいに少女の手をつかんだ。少女は戸惑いを見せたが、怖がっている様子でもなかった。

    「君の声をきかせて」

    少女はますます顔を赤らめた。アンディスは真剣だった。

    どんな声で話すんだろう。どんな風に歌うんだろう。

    とても、とても聴きたかった。

    ふと気付くと、二人の傍にハープをもったおさげの少女が立っていた。彼女も同じ紺色の髪をもっており、瞳は黄金色だった。

    さあ、と促すようにおさげの少女はハープを奏で始めた。

    空色の瞳の少女は、ためらいがちに歌い始めた。

    この声を、求めていた。

    アンディスは、瞳を閉じて、静かにその歌声に聴き入った。




    アンディスは、記憶を失っていた。外の世界のことを思い出そうとすると、頭が割れるように痛む。唯一思い出せたのは自分の名前だけだ。

     

    世界には、色とりどりの靄がかかっていた。そこに暮らす人は皆、濃紺色の髪と、透きとおるような白さの肌を持っていた。彼は、黒髪で少し黄色がかっ た肌を有していたので、この世界では少しだけ浮いていた。彼らは言葉を話さなかった。彼らは歌い、楽器を奏で、笑いあうだけだった。それなのに、アンディスの言葉は理解してくれるようだった。

    ここがどこで自分は今どうなっているのかなど、考えないことにした。

    アンディスは、空色の瞳の少女といる時が一番幸せだった。

    どれくらいの時をここで過ごしたのかは分からないが、アンディスは、彼らのコトバ、心の詩がわかるようになっていた。彼らには言葉も名前もいらなかった。 彼らには死もなかった。この世界に優しい調べを残し、生を全うした者たちは、みな母木の元へ帰るのだった。彼らは木の精霊たちであった。陽の光を浴び、笑いあって、土に帰るのだと言った。アンディスは記憶を持たなかったのでよくわからなかったが、考えると頭が痛むので、考えることを放棄していた。
    すべてがぼんやりと、穏やかに過ぎていった。空気はひんやりとして、まるで海の中で気持ちよく眠っているようだった。アンディスは空色の瞳の少女にレシェという名前を付けた。空、という意味だ。まるで、アンディスの望んでいた【母親】のような娘だった。包み込まれているような気がした。自分をがんじがらめにしていた強ばりが全て消えていくような感覚。


    アンディスは、全ての優しいものに包まれているこの世界を、愛おしく思った。このままここに留まっていたかった。レシェと毎日、手をつないで心で会話した。アンディスは、いつの間にかレシェの身長を越していた。青年とはいかなくても、ずいぶんと大人になった。レシェは、ますます眩いばかりの美しい娘になった。
    初めてレシェの唇に自分の唇を重ねた時、アンディスの瞳からは玉のような涙が次から次へと流れ出た。ルキアはそっとアンディスの左胸に右手をあてた。
    ―悲しいの?
    アンディスは首を振った。「わからない」
    ―帰りたい?
    アンディスは瞳を閉じ、唇をかみしめた。「帰りたくない。でも」
    レシェは瞳を閉じ、頭をアンディスの胸にもたせかけた。
    ―忘れないで。いつもあなたのそばにいる。わたしはいつもあなたを見てる。
    ―わたし、あなたをすべてから解放したい。

    その日、森には雨が降り注いだ。母なる大地。恵みの雨。

     

     



    Ourselves 04

    • 2011.02.28 Monday
    • 22:10

     

    四、彼方

     

    彼らを守る母木というものを、もう一度見ておきたいと思った。

    ただそれだけの気持ちだ。

    幸せだったから、レシェとずっと共に在りたかったから。

    だからもう一度、あの幹に触れて、そうしてここで生きていこう、と思っていた。

    少しだけ、不安だったのかもしれない。

    レシェは何故か怯えた。行かないで、と訴えてきた。

    けれどその木はこの森の入口にあったから、すぐに戻ってくるよと、アンディスは笑っただけだった。

    白い霞がかかっている。

    露に濡れた森は、とてもいい匂いがした。

    心臓の当たりが熱を持って、鈍くずきずきと傷んでいる。

    けれどそれは幸せな痛みだったから、何も考えていなかった。

    森がざわめいているな、と感じたのは、どの辺からだったろう。

    いつの間にか、栗鼠も、鳥も、虫さえも、居なくなっていた。しんとしたまま、不意に、むせるような花の香りがする。

    霞む視界の中、手近にあった木の幹に体をあずけ、目を凝らした。

    紺色が広がっている。

    それが、人々の髪だと気づくのに、少し時間が掛かった。

    ひどく緊迫した空気。

    不安が胸を駆け巡る。まるで心臓を鷲掴みされているかのようだ。

    ―何、が・・・

    アンディスが吐き気と闘いながら歩みを進めると、その足音に反応して誰かが振り返った。

    視界が開ける。空いた隙間から見えたのは、

    青い、髪と、

     

    金色の目。

     

    縦に長く開いた瞳孔で、こちらをなんの感慨もなく見つめてくる、目。

     

    彼は、人間ではなかった。

     

     

    何故?

    何故かという声が、頭の中でこだまする。

    全てを悟ったときには、もう遅かった。

     

    龍にただの草花が

    勝てるはずもなかったのだ。

     

    ただ、アンディスは呆然として、思考が停止した。

     

    頭の中に響くのは、能天気な自分の声。

    【もっとレシェの顔をよく見ておけばよかったなあ】

    それだけを、馬鹿みたいに呟いていた。

     

     

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    Ourselves 05

    • 2011.02.28 Monday
    • 22:13

     

     

     

    おれには何もなかった。

     

    あの人は実の父親なのに。

    おれではなくて、

    いつもそうだ。おれじゃないそいつばかりかわいがってさ。

    でもさ、だからってひねくれたりしない。だって、仕方ないことだから。

    なんかよくわかんないけど、おれよりずっと、縁があるやつみたいだし?

    実の子より縁が深いってよくわかんないけど。

    おれは生まれ育った町の人たちにかわいがってもらえてたし、多くは望んじゃいけないよね。

    母さんにもう会えないからって、男なんだから、しっかりしないとだよな。

    絶対母さんだって辛かったはずだから。

    父さんだって、きっと、なんか事情ってもんがあるんだろ。

    だから、おれがいろいろ考えちゃいけないよな。

    父さんって思わなければ、

     

    ドアドルクのこと、おれ、好きだよ。

    ねえ、おれがあんたのこと父親だって気づいてんの知らないだろ?

    それとも気付かないふりしてんのかな?

    まあ、いいけど。

    それでもおれが死にかけてる時は、すぐにどっかから飛んできてさ、助けてくれるんだろ?

    それだけでいいんだ。すっごく幸せだから。

    それにさ、

     

    親友できたんだ。

     

    ただの友達じゃねえぞ?友達ならこれでも町にわんさかいたんだぜ?

     

    そいつ青い髪してんだ。めずらしいだろ?

     

    なぜだかわかんないけど、わかるんだ。

    おれ、あいつのためならなんだってできるよ。

     

    だから、いいんだ。

    おれは、おれの好きな大好きなみんなの傍で生きられたら、笑っていさせてもらえるなら、それでいいから、

    だから、




    リーヤの章

     

    それは惨状だった。

    自分の目の前に、つい最近友達になったばかりの少年の、変わり果てた姿があった。

    彼にはもう、自分の言葉が届かなかった。ただの獣、いや、

    それは、神からの使いだったのか。

    青い髪に雪のように白い肌。そのあどけない少女のような顔に似つかわぬ、ぞっとするような文様の、青く透き通る蝶のような羽が、背中を突き破っていた。

    いつもの優しき金色の瞳には、人間らしい色はどこにもなく、ただ、狂喜、快楽の光が宿っていた。その美しい指先から放出される妖しい銀青色の光の矢は、それの目の前に生きている命を、無惨にも一瞬のうちに消し去った。

    ―悪魔だ。

    梔子色の髪の少年は、その場にへなへなと崩れこみ、頭をかかえた。爪が、頭皮にきつくくいこんだ。

    やめろ。やめてくれ。やめてくれよ。

    「やめろよ!やめてくれよシェリバール!」

    体中で叫んだ。目の前の青い化け物は、一瞬、人懐こい眼で少年を見つめた。そして、前方に青い炎を吐いた。森の中で断末魔が聞こえる。

    梔子色の髪の少年は、傍で重傷を負い、横たわっている銀髪の青年の元へへなへなと這いながら寄っていった。

    「ドア…お願いだよ、助けてくれよ…止めてくれよ!」

    腹からどす黒い血だまりを作っていたドアドルクは力なく首を振った。

    「僕にはもう、あの青竜を止める力は残っていない。君ならできるだろう?君なら」

    少年のまん丸な瞳から、とめどなく涙が溢れた。「嫌だ。できない。できないよ!もういやなんだよ!たくさんだ!おれだって…!」

    少年は喘いだ。

    「おれだって、我を忘れてしまうかもしれない…!もう嫌なんだ!」

    ドアドルクは優しく微笑んだ。「大丈夫だ」

    少年は、腹部に手をやった。腹を貫通したはずのその傷は、すっかり塞がり、癒えていた。

    ―あれくらいじゃおれは死ななかったのに。

    森の中に連れてこなきゃよかった。

    こんなとこに、迷い込まなければよかった。

    彼らだって、

    自分たちの居場所を守ろうとしただけだったのに。

    おれみたいなのがこんな聖なる場に足を踏み入れてしまったから。

    呪われているんだ。どうしようもなく。

    少年は知らなかった。森の精霊たちが忌み嫌ったのは、己に流れる血だけでなく、彼の傍にいる銀髪の青年に流れる血でもあるということを。

     

    少年は覚悟を決めた。全神経を己の身体の細胞ひとつひとつに集中させた。体からは、神々しく、禍々しい黄金の光がにじみでた。少年の若葉色の瞳の中で、瞳孔が細長く縦に伸びてゆく。それは虎を思わせた。獰猛な獣のように、髪の毛が逆立つ。

    少年が己を人間の呪縛から解放しようとしたその時、後ろから鈍い打撃を受けた。

    少年は気を失いかけ、その体からほとばしる金色の光もまた消え去った。

    少年の目の前には、自分とそう年端の違わないような、黒髪の少年が立っていた。黒髪の少年は振り返った。その透き通った黒い瞳は、全てを射抜くようであった。

    「俺がやる。お前は…」

    そして、ドアドルクをみやった。銀色の眼と漆黒の瞳が交錯した。

    「お前がやる必要はない」

    そして、その少年は、

     

     

     

     

     

     

     

     

    森に静けさが戻った。

    辺りには、枯れた葉や花が散らばっていた。黒髪の少年は、足もとに倒れた青髪の少年を、静かに見下ろしていた。そして、その場にがくんと膝をついた。

    静かに、泣いていた。

    ドアドルクは、首を振って、ゆっくりと瞼を閉じた。

    黒髪の少年は、肩をふるわせながら、青髪の少年の額に、自分の手をあてた。一瞬、あたりに白い光が燈った。

    ドアドルクが、瞼を閉じたまま、静かに言った。「何をしたんだい、アンディス」

    黒髪の少年はゆっくりと立ち上がった。「記憶を消しました」

    梔子色の髪の少年は、事態が飲み込めなかったが、黙っていた。今は聞くべきではないと、わかっていた。

    ドアドルクは目をあけ、左手を太陽に透かして見た。「何故?君はその子を恨んではいないのか?」

    黒髪の少年は、質問には答えず、ゆっくりと梔子色の髪の少年の傍に歩み寄り、その足もとのしおれた紺青の花をそっと拾い上げた。

    黒髪の少年は、その花を見つめたまま、独り言つ。

    「己を忘れ、己の責務を忘れ、人並みの幸せを自分だけ手に入れようとした。その罰が下った。俺がここに来なければ何もなかった。何も。レシェも…」

    そう言う少年の眼は、梔子色の髪の少年には、死んだようにしか見えなかった。

    「俺が、やはり全ての業を背負います。運命から、逃れようなどと、抗うのはもうたくさんだ」

    ドアドルクは再び瞼を閉じ、深いため息をはいた。黒髪の少年の瞳には、もう、光が宿っていなかった。

    失われてしまっていた。

    「とりあえず、彼を皇宮に返してきます。やらなければならないことは山ほどありますから」

    花をその場に置き、青髪の少年の元へゆっくりと歩みを進める黒髪の少年に、梔子色の髪の少年はその花を再び差し出した。

    Ourselves 05-2

    • 2011.02.28 Monday
    • 22:14
     

    黒髪の少年は、そっと花を受け取った。そして、眼を閉じ、握りつぶした。

    梔子色の髪の少年は思わず叫んだ。「あんた何してんだよ!」

    黒髪の少年は、彼に一瞥を投げると、花の残骸を、足もとに落とした。その花びらが、ひからびた茎や葉が、静かに、ゆっくりと落ちていった。地面にたどりつくほんの少し前に、風で、一瞬だけ少し舞った。

    「俺はもう、ここに帰ってきてはいけないんだ」

    そして、その上から、足で踏みつけ、花は、今度こそ無惨に崩れてぼろぼろになった。

    黒髪の少年は、ふいに、右目に手を当てた。少しぼんやりとしているようだった。そして静かに目を閉じ、手を下した。その顔が、涙の一滴も流れていないのに、リーヤには泣いているように見える。静かに、ただ静かに。

    そして黒髪の少年は背を向け、ゆっくりと青髪の少年を抱き上げると、空に消えていった。

    「すぐに戻ってくるよ。今はそっとしときな」

    ドアドルクはようやく出血のとまった腹を押さえながらゆっくりと体を起こし、小さく息をつくと静かにそう言った。

    「…っ、いったい何なんだよ」

    梔子色の髪の少年は右の拳をきつく握りしめた。

    「あんな辛そうな顔してこんなことやってんじゃねぇよ…自分で自分をいためつけてんじゃねぇよ…何なんだよ、あいつ!」

     

    それが、彼にとっての、アンディスとの最初の出会いだった。

     




    Ourselves 05-3

    • 2011.02.28 Monday
    • 22:15

    一、  天使の子

    中域、シェリン王国の下町、リアベルトには、町の人間で知らない者はいないような、一人の少年がいた。梔子色の猫っ毛。若葉色の まん丸とした子猫を思わせる瞳。雪のように白い肌。林檎のような頬。おちょぼ口の可愛らしい口元。少しかすれた、鼻にかかったような声で紡ぎだされるその 言葉は、町の誰もを思わずくすっと笑わせてしまう魅力があった。毎日市場を走り回るそそっかしいその少年の姿を見ることが、老若男女問わず、町の人々の日 課であり楽しみの一つでもあった。

    少年は教会に住んでいた。一応、牧師見習いであったが、へまをすることが多く、また落着きがないので、一緒に 暮らしている母親代わりの修道女にしょっちゅう叱られていた。この修道女は―名はレベッカ女史といったが―本音では、この少年は牧師には向かないと思って いた。神に仕える身としては、少年の背負う運命を考えれば、少年を守るためにも教会で育てるのが最善であるとは信じていた。が、本当は、普通の子と同じ暮 らしをさせてあげたかった。

    少年の名は、リーヤといった。古語で、希望の子、という意味であった。父親がつけた名前だと聞いていた。リーヤは、 母も父も知らずに育った。何らかの訳があって、両親の傍で暮らしてはならないのだと聞いた。さみしくはなかった。たくさんの人が笑っていてくれるから。悲 しくはなかった。両親は、自分のことが嫌で捨てたのではないとわかっていたから。愛情がないのに「リーヤ」などという名前などつけてくれるはずがない。 リーヤはそう信じていた。だから、名前はリーヤにとっての誇りであり、お守りだった。

    リーヤは自分のことが大好きだった。自分を好きでいること は、両親を、そして自分を笑顔にしてくれる町の人達を愛することだと信じていた。自分の周りの人々に、泣きたくなるくらい感謝していた。だからみんなに少 しでも笑顔でいてほしくて、毎日町をかけまわり、みんなとおしゃべりをしてまわった。夜は、寝る間も惜しんで真摯に神に感謝の祈りを捧げた。また夜更かしして!、とレベッカ先生に叱られることがしょっちゅうだったが。

    町の人々は皆、リーヤのことが大好きだった。リーヤに会うと、心が明るくなった。辛い日常も、楽しいものに変えてくれる子であった。町の人々は彼を、「天使の子」と呼んだ。

    十四歳になるその日まで、いつも変わらないゆったりとした時間を過ごしてきた。人並みに恋をしたり、漁師のおじさんに漁に連れて行ってもらったり、と、充実した日々を過ごしてきた。

    十四歳まで。幸せな子だった。

     

    あの日、少年の運命は大きく動き出してしまった。

     


    二、影 

    突然のことだった。

    遥か彼方の海原に、黒い帆旗を掲げた大型船五隻が見える、と灯台守が国王に知らせを出した。ちょうど並行して、不気味なほどに漆黒の羽をもつ大きなカラスが、国王の元に封書を加えてやってきていた。
    西域、ダゲル帝国からの宣戦布告。
    国中が混乱の渦に呑まれた。ダゲル帝国は本来、もっぱら南域シャルス帝国あるいは東域チェリン国と戦争をしてきている。いくら宗教的に対立しているとはいえ、セレス陣営(北域、東域、中域、南域)の教会の総本山のある中域に戦争をしかけるなどということは、古来双方の間でとりかわされた神の掟により、あってはならないことであると信じられてきたのだ。
    シェリン王国の軍備が疎かになっていたことは言うまでもない。ろくな軍隊がない。もともと商人と漁民の町で ある。自衛隊として訓練されてきた者達も、訓練が形骸化し、実戦には不慣れであり、また、数が足りないことも明白であった。勅許により、働き盛りの男たちは皆徴兵された。灯台守の見積もりによれば、船が到着するのは半年後。死に物狂いの兵隊訓練、生活統制が始まった。
    町の活気は失われた。人々の生活は不安に包まれた。


    「やつらの作戦ですね」
    読んでいた聖書をぱたんと閉じ、リーヤはレベッカ女史のもの憂げな青い瞳を見据えた。
    レベッカ女史はわずかに微笑んだ。
    「それはどういうことですか」
    リーヤはいつになく真剣な眼差しで、レベッカ女史から目をそらすことなく、言葉を紡いだ。

    「聖書には、われらが神が作りたもうた世界、その世界の中心を、パストレとその子孫に託す、とあります。パストレとは、ここ中域の随一の王国、シェリン王 国の始祖、つまり、アルパス=シェリン=パストレのことを指しています。つまり、われわれの祖先です。この世界の中心、というのは政治的、文化的、というよりも宗教的なもので、本当のところは定かではありませんが、三種の神器と呼ばれるものがこの地に納められているといいます。この三種の神器を、いかなる人物がいかなる理由があろうと、自らの手で汚してはいけないとされてきたわけです。我々はこれを、シェリン王国自体を汚してはならぬ、つまり侵略してはならない、という意味に解釈し、その秩序が守られてきたわけですが、この三万年の歴史上、王朝が一度も政権交代をすることなく続いてきたのはこの国だけで、 北域、西域、南域、東域、いずれもその王朝交代を経験してきたわけです。その中で揺るがない中域という存在が、セレスの要でもあり、原動力であった。その中域が滅びれば、いったいどういった事態になるでしょう」
    「そのようなことがあってはなりません」
    レベッカ女史は、視線をそらし、かたくなに首をふった。リーヤはにっこりと笑った。
    「そうです、それです。私たちは皆、その固定観念に縛られているんです。実際にシェリン王国が崩壊するなど想像もできない。だから、もし仮に実際崩壊してしまったとき、どう対処していいのか見失ってしまうわけです。それは、この中域だけではなく、セレス全体がそうでしょう。あるいは、シェリン王国が存在し続けることによって保たれてきたセレスの結束が崩れ、西域への対抗勢力が分散し、その力を弱めてしまいかねません。そうなると、その分攻略しやすくなります」
    レベッカ女史は眉間に深い皺を刻み、何かを深く考えているようだった。

    「変わらないと信じていたものが変わってしまう、そのとき人間は心の拠を失ってしまいます。そして、元々持っている弱さが露見してしまうんです」
    リーヤはしばらく言葉を切った。レベッカの反応を見ていた。が、彼女は何も答えない。
    リーヤは再び続けた。
    「元々西域の信仰は、我々の信仰から外れたところにあります。この世界の始祖は確かに共通してルメナ神ですが、信仰の祖は、セレスではセナ女神、西域では シャオ男神です。もともと、考えてみれば、彼らがわれわれを攻めてはいけない理由がなかったのです。我々の常識は彼らの常識ではなかったわけですから」
    「しかし三種の神器を壊してしまえば世界の終りがきてしまいます。それはあちら方も同じのはずです」
    「そうです。だから、三種の神器を壊さないようにシェリン王国を滅ぼしてしまえばいい。
    あわよくば、三種の神器はのっとってしまえばいいのです」
    レベッカは目を見開いた。彼女の唇は既に、からからに乾いていた。リーヤは声を低くした。
    「それが…やつらの作戦です」
    レベッカは目を閉じた。その表情は、深い嘆きに包まれていた。しばらくして、レベッカは静かにリーヤに言った。
    「現在のダゲル帝国は、若き女帝が国を治めていると聞きます。この女帝が敏腕で、従来の常識を一掃しており、この数年のうちに南域を完全に植民地化し、軍力も飛躍的に強まったと。もう、われわれの固い頭では順応できないのですね」
    その瞳は、深い悲しみをたたえていた。
    「我々は一体どうなるのでしょう。どうしたらよいのでしょう…」
    リーヤはゆっくりと息を吐いた。今から自分が言おうとしていることが、常識外れであり、かなりの危険性を孕んでいること、修道女に対して言うのは酷なことであること、そして、この考えを口にすることで、自身も危機に曝されるということが、わかっていたからだ。
    リーヤはしっかりとレベッカの瞳を見据えた。今度はレベッカも目をそらさなかった。
    リーヤはゆっくりと、しかしはっきりと言った。その瞳には、一点の曇りも迷いもなかった。
    「どのみち半年後には滅びる国です。でしたらわずかもの可能性にかけます」
    リーヤはそこで一呼吸おいた。
    「革命をおこします。この国を、自分たちの手で、滅ぼすのです」
    レベッカは目を細めた。そう言われるのを、まるで予見していたかのように。

     

    一、桑実
     

    リーヤは夜道を歩いていた。とある人を訪ねるためだ。
    リーヤの中で、革命の計画は着々と進んでいた。リーヤの後についてくる者たちは、後を絶たなかった。その波紋はリアベルトを拠点とし、瞬く間に中域全土へとひろがっていった。王宮から迫害を受けることもしばしばだった。リーヤは、各町を転々とし、時が来るまでは事を荒げないようにと念を押してまわった。
    既にリーヤは、修道士見習いなどではなくなっていた。
    若くして求心力のある、立派な一人の勇士であった。
    革命のための軍備は着々とその数と質を増していった。リーヤの唱えた戦い方、訓練法は、若干十四歳からでたものかと耳を疑うばかりのものであった。
    リーヤには、軍を率いる才を天から与えられていたに違いない。
    その人と為りに、年齢性別を問わず、全ての人々が結束を誓った。
    レベッカはリアベルトの南方に高く高くそびえる、石塔に向かって祈りを捧げた。
    「アレン…やはりあなたの懸念したとおりになったようです。あの子は、この平和な暮らしにも埋もれてしまわぬ戦いの才を生まれながらに持っていたに違いありません」
    その瞳には悲しみが溢れていた。
    「やはり…あの子がいつか、この国に留まらずこの世界をも一掃してしまうのでしょうか」


    外は雨が降ってきた。冷たさが体に浸みたが、それでもリーヤは歩みを止めなかった。
    前方に、ぼんやりと明かりが見えた。
    そこには、木でできた今にも崩れそうなぼろ屋敷があった。一人の青年が屋根の上に上り、雨漏りを防ごうと板を打ち付けていた。それを、窓から一人の少女が、自身も濡れながら心配そうに眺めていた。
    リーヤが近付くと、青年は一瞬目を丸くした。が、すぐにその表情は和らぎ、中に入るように促した。少女は一瞬頬をほんのり染めてとっさに自分のぼさぼさになった髪に手をあてたが、奥からかわいた布巾をもってくると、リーヤの濡れた体を拭いた。

    少女の出す温かいココアを飲み、雨水を溜めるバケツだらけの家の中にぽつんと一つ、明かりを灯した小さな暖炉の前で暖まっていると、しばらくして青年が 戻ってきた。銀色の流れる髪から水滴が滴り落ちる。青年は穏やかに笑った。リーヤと青年は、かたく抱き合った。暖炉のそばに座る少女の腕の中で、くしゃくしゃの顔をした虎猫が、気持ち良さそうにゴロゴロとのどを鳴らした。銀髪の青年は、リーヤのぼさぼさの頭をさらにくしゃくしゃにした。
    「全く…ご無沙汰もいい加減にするんだよ?リーヤ」
    リーヤと青年は拳と拳をつきあわせた。
    「あいかわらずちっちぇな、シノ」
    「馬鹿。君が大きすぎるだけでしょう。これ以上伸びたらうちには入れないからね。家が壊れてしまう」
    そして、二人は吹き出すように笑った。


    「で?どうせ穏やかでない話なんだろう?」
    シノはリーヤの若葉色の瞳を瞬きもせずに凝視した。
    リーヤはしばらく黙ったままだったが、おもむろに口を開いた。
    「ただ事じゃないってのはわかるんだな」
    「当たり前だよ。いくら人里離れたここでも、噂は耳に入るし、ね」
    シノは紅茶の入ったカップをすっと口に運んだ。
    そばではカナタが猫を抱えたままじっとこちらをみていた。シノはくいっとあごをあげ、自分の部屋へ戻るようにと促した。カナタは残念そうにうなずき、ふと リーヤの方を見た。その若葉色の瞳と目が合うと、カナタは顔を桃色に染め、パタパタと階段を駆け上った。彼女の姿はもうこちらからは見えなくなった。
    「カナタも大きくなったなぁ…」
    「…全く。年下のくせに何を言ってるのかな…。君がこんなに『でかく』なったんだから、当たり前だ」
    リーヤはにっこりと笑った。しかし、シノの表情は曇ったままだった。
    「あの子が悲しむようなことを君にだけはしないで欲しいんだけど、…って思ってるんだけどね、俺は」
    リーヤはきょとんとした。シノは深くため息をついた。
    「あの子は君のことを想っている。ずっとずっと想ってるんだ。それが彼女のたった一つの幸せなんだよ?本当に…笑っちゃうくらいささやかなことさ」
    シノはテーブルの上で指を組んだ。

    「リーヤのお嫁さんになりたい、リーヤと平凡で幸せな家庭を築きたい、カナタはね、それだけをいつも夢見てけなげに生きているんだから」
    リーヤは耳まで真っ赤にした。
    「だって…シノはカナタのことが好きなんだろ?おれは…その気持ちにはこたえられないよ。姉さんみたいにしか思えないから」
    シノは深くため息をついた。
    「そういうと思っていたよ…全く」
    「シノは?シノならカナタを幸せにできるだろ?」
    シノの表情はとても柔らかかった。悲しいまでに、優しかった。
    「俺が彼女を幸せにできるんじゃないんだよ。カナタが、ただ側にいてくれるだけで、俺を幸せにしてくれる。でもあの子は俺に何も望んでいない。俺に支えてもらおうなんて思えてなんかいないよ。心はいつもここにはないんだから」
    リーヤは忌々しい四年前の記憶を思い返した。忘れたくても忘れられない。けれどひた隠しに生きてきた。四年前の事件を覚えている者は、おそらく自分のほかに、シノとカナタしかいない。記憶は南域の海に沈めてきた。
    しばらく沈黙が流れた。お互い、出会ったころのことを思い返していたのだ。
    沈黙を破ったのは、リーヤだった。
    「おれは今からあんたに酷な頼みを言う。嫌だろうし困るだろうけど、どうかきいてほしい。おれが命がけでお前たちは守る。この命に変えてでも。カナタを女性として愛することは、おれにはできない。あいつはそんなんじゃないんだ。もっと大切な、おれの上にある存在なんだ。あいつは俺にとっては天使様なんだ。恋人じゃない。でも、この身がどうなってもいい、おれはカナタを精一杯守る」
    シノは、無表情にリーヤを見つめた。
    「あっそ。まあね、誰も俺の言うことなんか聞かないのはわかってたけれど、ね。…で?何かな」
    その声は、とても静かだった。
    リーヤは波打つ胸の鼓動を制した。静かに息を吐いた。
    「おれは今からこの国に革命を起こす。中域が、自己崩壊したところを西域のやつらに見せつけるんだ。そのうえで新国家を起こす。しばらく平和な時代は来ないかもしれない。これは次の時代への過渡期だ。軍備を整えなければいけない。今までのように、のんびり指をくわえて見ているわけにはいかない。だから―」
    「俺に、その新国家の始祖になれというんでしょ」
    リーヤは思わず息を飲んだ。シノはやや自嘲的に微笑んだ。

    「君がやっていることの噂は前々から聞いていた。本来なら、真っ先に俺のところに来てもいいはずだよね、けれど君にはそれができなかった。土台を固めるまで。俺に、国王になってほしかったからだ。俺がとうの昔に捨てさせられた生活に、引き戻さなければならなかったから。でしょ?」
    リーヤは堅くなったままだった。つい、シノから目をそらした。その一点の曇りもない、紅茶の色を思わせる鮮やかな赤褐色と、黄昏を思わせる穏やかな橙色の瞳を見つめていられなかった。
    リーヤこそが知っていたのだ。シノがもう二度と、王宮の生活、戦争の日々を望んでい
    ないことを。彼がやっとのことで手に入れることのできたささやかな平穏を、今、自分が、壊してしまったのだ。
    シノは悲しそうに、しかし優しく微笑んだ。

    「泣くんじゃないよ。リーヤのせいじゃない。こういう定めに生まれた…それが、俺たち。それだけのことだ。リーヤだってわかってるんだろう?」

    リーヤは言われて初めて自分が声もなく泣いてることに気づいた。
    自分もまた、呪われた運命だ。
    リーヤは覚悟を決めた。涙をぬぐい、しっかりと、シノと向き合った。
    「力を貸してくれ。その命、おれに預けてくれ」
    シノは黙ってリーヤの両手をとった。その掌に刻まれた呪いの刻印を見、しっかりと握り
    しめた。
    シノは顔をそのまま握り合った両手にうずめた。その肩は、小刻みに震えていた。

    リーヤは覚悟を決めた。もう後戻りはできない。
    一体何人をこの革命のために失うかわからない。
    自分のただの利己主義なのではないかと思う時さえある。
    本当は、ただ国のためなのではなく、
    罪滅ぼし、ただそのためだけにやろうとしているのではないかと。
    それでも、






    リーヤは、剣を振りかざした。
    それを合図に、城壁に羽矢の雨が降る。
    街は、火に燃え始めた。どこからともなく、低音のオーボエの音が聴こえてくる。
    前方からも、後方からも、声の洪水が押し寄せてくる。
    リーヤは瞳を閉じた。再び開いたとき、その瞳には強い光が宿っていた。
    「突撃開始!」

    時計は、針を刻み始めた。







    序章 終

     

     

     

     



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