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    Ourselves 129

    • 2013.01.27 Sunday
    • 07:30
      

    第二章 篝火

     

    シリアの回廊が、他の二人にとってどんな世界だったのかは、カナタにはわからない。

    けれど少なくともカナタにとっては、そこはただの美術館のような陳腐な空間だった。

    けれど、そこに並べられた絵も、詩も、彫像も、全てがカナタの心に、それぞれが抱えてきた小さな、そして哀しい物語を映し、役目を終えたかのように崩れて破片となった。

    それらの宙に浮く破片は、カナタを、遠い過去の蒼空の中に佇んでいるかのような心地にさせた。カナタの記憶ではない。カナタはもう気づいていた。それはすべて、母なるガニュメディリジアが抱いてきた記憶なのだと。そして、彼女が、カナタを産み落とすと同じくして手放し、カナタが何の気なしに偶然拾い上げてしまった、悔恨の全てであることを。

    カナタは一歩進むごとに、膨大な物語と記憶を受け取った。それは決して、カナタ自身が忘れていたという記憶ではなかった。そもそも、カナタにとって、記憶の全てはソミアでしかなかった。物心ついてからずっと、ソミアだけを見ていたのだ。

    全ての世界の始まりであるガニュメディリジアの唯一の子であるからなのか、それとも、およそ一つの世界を全て無に帰すほどの殺戮を行いながら、決して自我を見失わなかったラグナロア=ラグナロクの血を受け継いでいる故にか、カナタはそれだけの他己の記憶と軌跡を見せられても、決して立ち止まらずにいられた。雑然とした物語達の破片をつなぎ合わせて、一つの真実を導き出すのは容易いことではなかった。途中で何度か心が折れそうになった。くじけた。けれどそこからカナタを救い上げてくれたのは、草色の髪をした、蓮華草の瞳の少年だった。カナタは彼に会ったことがあった。ソミアの傍にいたのだ。彼もまた、イーレリアと同じソミアの理だったのだ。

    『あなたはとても奇異な命なんですね』

    少年は微笑んでいた。

    『あなたのことはずっと、見ていた。知っていたんだ。不思議な縁だった。僕は、君がいたから、ようやく、ソミア様と道を違える決心がついたんですよ。

    君は奇跡であって、希望だったんだ。僕は知っている、ソミア様が、唯一あの方ご自身の救いを、淡いながらも持ち得た相手が、あなただったってこと』

    「いいえ、いいえ。無理だわ。わたしにはソミア様を救えない。そうしてきっと、わたしはシェリバールのことも救えないのね。それが、わたしには、悲しい」

    カナタは泣いていた。シリアにいるからだろうか。シェリバールへの嫌悪は嘘のように晴れた状態にあった。今はただ、いつか出会うであろう、そして二度と会えなくなるであろう、全てを受け入れた未来のシェリバールへの愛しさと悲しさと悔しさだけがカナタを満たしていた。

    『違うんだ、違うんだよ、カナタ。彼らは、赤も金も青も、そして白き少女も、ただ一つの命と物語を生きているだけなんだよ。物語は、始まったのなら、いつかは終章を記さなければいけないんです。それがようやく、今だ、というだけ。あなたは、世界の語り部として、ガニュメディリジアの代筆者として選ばれただけです。君は彼らの物語を所持することができる、唯一だ。あなたがそこに在るだけで、きっとすべては導かれる。きっと、ようやく、迷い続けた赤の子、金の子、そして青の子の旅路は終わる。

     

    あなたには酷であり、負担でしょう。世界は貴方だけをこの世界という概念に縛りつけることに決めてしまったんだから。でも、どうかお願いだよ。見捨てないで。あなただけがきっと、彼らや僕らのことを思って涙してくれるだろう。それだけで僕たちは救われる。全て、報われるんだ』

    「そうじゃないのよ」

    カナタは静かに言った。

    「それだけじゃ終わらないのよ。世界は確かに白い少女からすべて始まったのでしょう。けれど、物語は全て、金の子の浅はかさのために紡がれ始めた。だから金の子はきっと、いつか罰を受けるのでしょう。物語の中から、たった一人で締め出されてしまうのでしょう。自分自身なのか、それとも世界によってそうなるのかなんて、わたしにはわからないわ。けれどきっと、偽物のわたしにできることは、本物になりたいと、なろうとしている金の子の終いに、傍に居続けることなのだわ」

    カナタは、少年をまっすぐに見た。

    「ソキリシア。わたしはそんなに有能じゃないの。だからわたしは構ってあげるのは一人だけで精いっぱいなの。わたしはあなたの大切な人に寄り添うつもりはない。

    それに、あなたの大切な人にとってもまた、一番大切なのはあなたでしょう?」

    ソキリシアは、悲しげに、不安そうにはにかんだ。

    『僕はね、あの人がただ、ちいさくてささやかな世界を作っていられるのなら、それだけで良かったんだよ。だから僕は、それだけなんだ』

    ソキリシアの姿は水面に映る人影のように、揺らめいて、不確かになった。その奥で、ソキリシアがセシルの姿に一瞬だけ変わったのをカナタは認めた。

    『お迎えだよ』

    ソキリシアの揺らめく姿は裂け、その裂け目から、ヤエが倒れこんできた。カナタはその体を支えた。

    ヤエは虚ろにカナタを見たが、その綺麗な青い眼にはカナタを映してはいなかった。

    「無事…でしたか…ガニュ、メ―」

    ヤエは呟いて、気を失った。カナタの心が震えた。

    青の子の大切な少女は自分ではなかったけれど、カナタは確かに満たされた心地になった。

    その瞬間確かに、カナタは本物になれていたのだ。

     

     

     

    カナタは目を閉じ、しばしの間、シリアで見た光景を、思い出を思い返していた。

    目を開けても、そこにはこの世の終わりのような顔で、生きているのかすら怪しい様子で、めいめいにただそこにいるだけの哀れな混血児ばかりだ。唯一、意思だけはまだかろうじて残しているのは、タシュアだけだった。この際シェリバールは除いておこう。彼が、それほどまでの傷を負うはずもなかった。元々、シェリバールもカナタも、ヤエも部外者なのだ。

    タシュアは部隊の長だからなのか、事態を把握しても、ある程度は冷静だった。顔が青いだけで、カナタに、全てを話すよう静かな声で言った。リアトの遺し子に対しても、唯一抱いてあげていたのはタシュアだけだった。まだ他の誰も、その子を受け入れられるほどには自分の中で折り合いがつけられていないのだろう。タシュアは、彼女に対して妙なほどに優しく慈愛に満ちていた。「仕方ないことだよ」とばかり、呟いた。そんな彼も、今は赤子をヤエに押し付けていた。

    「話さないの?」

    ようやく、ハレが口を開いた。そして、とても長く深い、息を吐いた。

    「わたしはいつまでも待っているわよ」

    カナタが皆を見ながら言うと、タシュアはうなずいた。

    「みんな、聴覚だけは動いてるよ。思考がまとまらないだけだ」

    無言で、早く、と促された。カナタは頷いた。

    「あなたたちは、ただ混血児、セレスとダゲルの間に生まれざるを得なかった、というだけで、そんな風に総じて青い髪と金色めいた瞳を持って生まれただけでなく、竜という概念武装を生まれながらにして有しているわ。それがなぜなのか、考えたことはあった?」

    誰も答えるはずはない。答えられる力もあるはずがなかった。

    「呪い、のようなものなんじゃないの」

    リュウリが小さく言った。

    「ぼくはずっと、そう思ってきたし、そう言い伝えられてた。二つの民族の、互いへの憎しみが強すぎて、混ざり合えないんだって。だから、間違って生まれてきてしまった僕たちは、呪われてるんだって」

    「そうでもあるし、違うともいえるわ。呪いかそうでないかと言ったら、どちらかというと、あなた達が竜であるのは、祝福だったのよ」

    「は?」

    タシュアが眉をひそめる。

    「そもそも、なぜ二つの血が混ざりあえないのかは、また別に理由があるのだけど、とにかくそれを前提として話をすると、あなたたちは本来、存在してはいけない者なの。それほどに、この世界に生きる人々の血は、己の敵と血を交わすことを忌み嫌ってきた。つまりは禁忌だったの。だから本来、混血児は生まれないようになっている。

    神話の時代、もともとダゲルは神々が地上に降り立った者達の末裔として繁栄してきた。それとは別に、神自身によって作られた者達がいた。それをセレス、ないし人間と元々は読んでいたの。セレスの命、魂、意識のようなものは、神々自身でもあったし、この世界の創造主であった最初の青龍リオンでもあった。この世界には今だって、【箱】を持たないだけでそこに漂う【命】に満ち溢れているわ。この世界にとって、命は世界を支える養分なの。私たちにとっての空気と同じ。なければ世界は生きていけない。その中でも、人間という箱、鳥という箱、虫という箱、木や花という箱に、それらの命が入って初めて、世界に【存在】が生まれるの。体がなければわたしたちは相手を認識できない。もしかしたら今も、死んでいった人たちの魂はそこにあるかもしれない。けれどわたしたちは彼らを知覚しえない。彼らもまた、自己がなんたるかを考えることも感じることもできない。彼らは【世界】そのものの一部に戻ってしまったからよ。

    セレスも、ヘレケ、神々も、元々はリアンが作った最初の神々が、それ専用の箱を作り、そこにその辺にある命をいれてやったことによって生まれた生物だった。それまで世界に人は赤龍、今では古代種と呼ばれる先住民しかいなかったけれど、そうすることによってようやく、世界に人間という種族ができあがったの。

    そしてそれは、箱を作る仕事は、ダゲルの祖とも呼ばれるシャオ神によって続けられていった。けれどシャオは死んでしまった。だから今、世界には新しく人の箱を作る者が誰もいないことになる。本来はリオンが作れるけれど、彼女は力の大半を奪われている状態だから、殆ど、作れない。そうなると、新たな人間が世界に生まれるためには、シャオが遺していった空の箱を少しずつ少しずつ消化していかなければならない。あるいは、【転生する】ことによって、箱を同じ魂が使いまわすしかない。そうやって世界は回っているの。

     

    そして、その箱に入れてもらえるかどうかは、世界がその魂を箱にふさわしいと証明してくれて初めて決まる。つまり、【存在を認めてもらわなければ、人として生きてはいけない】の。あなたたちは、強すぎる世界からの【混血児の存在を認めない力】によって、本来は人としての形を保てない。だから本来は生まれてすら来れない。だけど、長い年月を経て、幾世期も経て、混じりあった二つの血は、そこに宿った命は、強く思うようになった。願うようになった。強く強く、【生きたい】と願った。そこに在りたいと願った。消えたくないと願ったの。それはとても強くて悲しい音色だった。そしてそれは、囚われの、そしてほぼ全てを、存在概念以外を奪われてしまった、哀れな世界の母に、青龍リオンの心の琴線に触れた。なぜなら、リオンもまた、同じ願いを抱きながら誰にも叶えられることもなく、誰にも助けてもらえず、誰からも忘れ去られてしまった存在だったからよ。

     

    リオンは混血の魂を、自分の作った世界の子として認めた。今、世界はリオンの理によって存在しているだけで、実際にはヘレケの作り上げた仕組みによって動いている。だからあなた達は世界からは認めてもらえないから世界にとっては【人ではない】。けれどリオンにとっては、彼女が認めた人という概念、【人形】なの。この世界の礎であるリオンが混血の概念を認めたから、あなた達は、箱ではない何か、【色】を手に入れた。この世で最も崇高で美しい、母なる色を手に入れたの。あなた達はリオンに貸してもらった【色】があるからこの世界で容を保ってここに【居る】の。リオンは青龍だから、青い傾向にあるというだけ。どうして金の眼なのかはわからないけれど、おそらくこの世界が、本来青龍リオンと金の星と呼ばれるルメナの契約によって完成したからだと思う。

     

    混血児は心が死んでしまったら死んでしまう。そんな言い伝えがあるけれど、それは、混血児が【生きたい】という心を、希望を無くしてしまうからよ。だってあなた達は、【生きたい】という誰よりも何よりも強い想いの力で、リオンの世界の色にどうにかしてしがみついている状態だもの。それを無くしてしまったらあなたたちは色を失ってしまう。色を失ってしまえばそれは存在をなくしてしまうということ。あなた達はこの世界にいなかったことになる。骨も血も残らない。何も残らないの」

    しばらく、誰も何も言わなかった。言えなかった。信じがたい話でもあり、信じられれば合点の行き過ぎる話でもあった。

    本当に、誰からも、【居てはならなかったんだ】、本来いちゃいけないんだ、死んでしまえと言われているような心地だ。いや、むしろ何も思われていないのかもしれない。存在などないというのなら、きっと、世界は彼らに関心すらないのだ。それは、とても残酷な事実だった。

    「リオンは…心が死んでしまったんだな」

    ぽつりと、ハレが呟いた。リュウリの糸が切れた。

    「いつも、言ってたもんね。子供産むの怖いって。今ならわかるよ。いつも笑いながら冗談めかしながら言うから、何も気づかなかったよ。何にもわかってあげられなかった。きっと怖かったんだろうな。本当に本当に怖かったんだな。そうじゃないはずがないんだ。だって、だって、ぼくら馬鹿だよ。どうしようもない馬鹿だよ。リアトが悲しくないはずがないんだ。ここにいる誰よりもきつかったはずなんだ。辛くて怖くて、何もかもわからなくなるくらい絶望してておかしくなかったんだ。なのにぼくら、上辺だけで、リュシエが死んで、自分が傷ついたことばかりだった。自分の傷ばかり大事に治そうとしてた。なんで、もっと話聞いてあげなかったんだよ。そうするべきだったんだよ!リアトを一人ぼっちにしたんだよ!ぼくたちは!」

    リュウリは涙こそ流さなかったけれど、心が慟哭をあげているようだった。顔をぐしゃぐしゃに覆った。

    「そうだな、リュシエの…忘れ形見が、…生まれてきてくれることだけが、僕たちの希望だった。そうだろう?」

    ハレが静かに言った。まるで、そう思ってきたことを悲しむように。

    「けどそれは、きっとリアトにとっては重荷になっていたのかもしれない。リアトだって子供が生まれてくるのは望んていただろうけど、僕たちは急きすぎたんだ。もっと時間が必要だった」

    「ちげえよ」

    タシュアが吐き捨てるように言った。タシュアは一人だけとても平然としていた。話を聞いて、逆に肩の荷が下りたような、元通りのタシュアだった。

    「あいつは弱かっただけだ。母親としての自覚が足りていなかった。元からそうだったろ。リュシエはあいつと、腹の子のために逃げようって言ったんだ。どこまでもあいつらを守るつもりだった。だけどリアトは、守られるばっかりで、二人で一緒に生きていこうとしなかったんだ。あいつは甘いんだ。リュシエが大事にし過ぎたんだ。世界に二人きりならそれでもいいさ。だけど、ガキができたんなら、それなりの責任を持たなきゃなんねえんだよ。リュシエが傍にいてくれたらいいなー、じゃだめなんだよ。リュシエと一緒に生きていこうって、リュシエのことを自分も守るって、リュシエと一緒に家族を作っていくって、そういう願いも決意もなんもないままここまできちまったんだ、あいつは」

    タシュアは苛ついたように言った。

    「もしそこまで覚悟ができてたんなら、あいつが死んだからってガキのことを見ないふりするなんてなかったんだ。あいつは見ないふり考えないふりばっかしてた。いつ自覚でるんだろうって、こっちゃ願ってたんだよ!ちゃんとそこまで思えてたなら、あいつは、リュシエが死んでしまった後も、リュシエを守ろうとできたはずなんだ、リュシエが遺してったガキを、リュシエが大事にしたあいつ自身を、守ろうとできたはずだったんだよ…!」

    タシュアは舌打ちした。

    「あの、バカ女!」

    シェリバールは、場違いにもほっとしていた。タシュアは今、ちゃんと現実と過去を受け止めた。いつものタシュアだ。心が優しいタシュアだ。

    「みんなね、まだわたしは話し終えていないわ。それに、リアトはそのせいで死んだのじゃないわ、おそらくね。リアトが誰から見ても不安定だったのは認めるけど、身ごもってすぐに大事な人までなくしたのよ。心が泣いて当然よ。誰もリアトを責められないのよ」

    カナタははっきりと言った。

    「そもそも、リアトは死んでない。【リアト】という私たちの中の概念が見えなくなってしまっただけよ。リアトは、リアト自身の色を、その生まれてきた子供に譲ったの。色という箱を。色という存在を。この世界に【居ていいよ】っていう、生まれてきていいんだよ、っていう証を、その子に残していっただけなの。そうしなければその子はこの世界に生まれては来れなかった。言ったでしょう?あなた達と同じ。混血の魂は強い意志によって色を手に入れた。けれど世界にその存在はないの。あなた達には存在が無いの。存在が無いものが混ざり合ったところで、それもまたこの世界で存在を持たない。そもそも魂自体が希薄であるから、生きるための強い意志を持つことができるはずもない。ならばそれはこの世界で容を保つことはかなわない。どうしてもその子をこの世界に産み落としたいのなら、母はその子のために色を与えてやらなければならない。彼女の持っている、唯一の色を、全部あげるしかないの。リアトは、立派な母親だったわ」

    その途端、ラピュシアがわっと泣き出した。ラピュシアの涙は止まらなかった。ピアニアは彼女の肩を優しく抱いた。誰も何も言えなかった。ヤエは、赤子の額にそっと口付けた。

    「名前を決めてあげよう」

    ヤエが柔らかく言った。

    「この子が、お母さんもお父さんも亡くしてしまったんだよ」

    リュウリもとうとう嗚咽を漏らし始めた。ハジュナがヤエから赤子を貰い受けた。赤子は少しだけぐずった。ハジュナがその閑かな瞳の奥で何を思っているのかまでは、誰にもわからなかった。タシュアがまた少し、表情を陰らせているのが、シェリバールには何故か気にかかってならなかった。

     

     


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