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    Ourselves 130

    • 2013.01.29 Tuesday
    • 00:31
     一、ダゲル

     

    【世界のことを知るために、我々はまず、ある一つの物語を語らなければならない。

     ある一人の少年の、世界への呪いを受け止めなければならない。

     彼の者ほどに世界の理不尽を一身に受けている者はなし。

     彼の者を本当に理解しえた者など存在しない。

     それは望まれぬ存在の始まり。

     存在しない者の始まり。

     存在しない世界の、はじまり―】

     

     

     

     

    エアレシア、すなわち中東部地域には、町の人間で知らない者はいないような、一人の少女がいた。艶のある栗毛。橙色のまん丸とした子栗鼠を思わせる瞳。雪のように白い肌。薔薇色の頬。小さくまとまった口元。透き通る、童のような鈴の鳴る声で紡ぎだされるその言葉は、聞けば町の誰もを思わず振り向かせてしまうような変えがたい魅力があった。毎日市場を走り回るおてんばなその少女の姿を見ることが、老若男女問わず、人々の日常であり楽しみの一つでもあった。

    少女は小聖堂に住んでいた。表向きには修道女見習いであったが、ちっともじっとせず、気の向くままに勝手に町へくりだし木に登ったり市場の手伝いをしたりと問題ばかりを起こしていた。彼女のお目付け役―もとい、乳妹でもあった修道女はいつも頭を抱えていた。この修道女には―名はシュルセルといったが―この少女をどうしても【普通のマルケ】として生きさせる使命があった。正直なところ、彼女の出自を考えれば、マルケの【神】を信仰させるなど、ちゃんちゃらおかしい話ではあった。それでも、彼女を生きさせるためには、彼女が目立たずひっそりと生きていくことが必要だった。それはシュルセルの母が、シュルセルを身籠った際に、この世界の絶対神に直々に与えられた使命だった。【ルキオナ】の家系であるサクリフィーネ家とは縁遠い、身分の低い出自であったにもかかわらず、シュルセルの母は神の声を聴いた。そしてそれは、他の神にも、信者たちにも決して知られてはならない、秘密の務めだったのだ。

    少女の名は、ディルキエといった。神の言葉で、忘却という意味であったが、これは絶対神が御自ら彼女に与えた名前であった。もちろんそのことはディルキエ本人は知らない。彼女はそもそも、人ではなかった。神自身であった。そして、願わくば絶対神ソミアの想う後継でもあった。理由は簡単だ。彼女はマルケの祖でありマルケの最大の敵であるシャオ神と、シャオから人を救いマルケの信仰となったセナ神と絶対神ソミアの唯一の娘ルキア神との間に生まれた、ただ一人の子であったからだ。

    故にこそ、それを誰かに知られるわけにはいかなかった。それを知らせることは、世界の根底を覆すことに他ならなかった。世界の闇を垣間見ることに他ならなかったのだ。なぜなら世界は、西域リウレシアに住まう、神の末裔は、【シャオ神とユリ神の子】―ダゲルの名を掲げ、今やマルケにおける、一国を築き上げようとしていたのだ。そしてそれは必要なことだった。西域には神の末裔と古代種の末裔のみが住まっている。彼らはただの人間であるマルケの民にとっては、脅威以外の何物でもなかった。罪人として力も名も奪われ地上に落とされた、もはや神とはいえない彼らは、それでもただの【箱】である人間にとっては、人知を超えた力を有し、操っているようにしか見えなかった。彼ら神の末裔もまた、模造物でしかない【箱】達を、ひどく嫌悪していた。



    どこから道を間違えたのかと問うならば、そもそも始まりから過ちを犯していたのである。



    神々の残り粕、後にダゲルと呼ばれる民族としてはびこった彼らに、ダゲルという名と、存在の証、誇りを与えたのは、彼らが最も意味嫌った【箱】ですらない模造物の模造物であったし、彼らが真に崇めるべきであった少女は生涯その地を踏まずして、神という名も存在も奪われその命を奪われたのだ。

     

    【最初に言っておこう。

     これは喜劇のような悲劇だ。

     存在を奪われた者と、存在すら持たない者とが、泡沫に心を交した、

     誰にとってもくだらない壱頁である。】

     

     

     

     

     

     

     

     

    「もしもあの時、僕はあなたと出会わなかったら、よかった。

    出会わなかったなら、きっと、あなたは幸せだった。

    きっと僕も、幸せだった。

    あなたは僕を愛してくれたけれど、僕もあなたを苦しいほどに愛したけれど、

    けれど二度ともう会えないのなら、

    あなたを愛した記憶も、愛された過去も、

    何も意味がないんだ。

    あなたはきっと違うというけれど、

    それでもわたしは幸せだったと笑うけれど、

    死んでしまったらあなたはあなたではもうない。

    僕もまた、二度と僕ではない。

    だから、意味などなかったんだ。

    僕は二度と、あなたには出会えないのだ。

     

    この世界は意味だらけだ。

    そして僕は無意味だらけだ。

    あなたも意味だらけだ。

    僕は、この世界を、いつか、きっと。

    それまでは、それまでは…―」

     

     

     

    ディルキエはその日も普段通りに小聖堂から抜け出し、少し肌寒くなった秋の風を頬に感じながら、覚えたての歌を口ずさみながら、港通りを歩いていたのだ。

    まだ夜が明けて間もないから、鴎の声だけが響いている。とても綺麗な朝焼けだ。

    ディルキエが、首をこれでもかとかしげて空を見上げながら歩くような、風変わりな子でなければ、きっと気づかなかったのだ。そして、彼女に誰にでも話しかけるような天真爛漫さのない、神経質な子だったのなら、用心深い娘だったのなら。普通の町娘であったのなら。

    きっと【出会う】ことはなかっただろうに。

    その少年は港を見下ろす、細く背の低い灯台の上に片膝を立てて座っていた。透き通った儚げな、さらさらとした髪が風にたなびく。

    少年の横顔は、この辺では見かけないほど清楚で可憐で、美しく静かだった。もちろん、ディルキエはその辺はとんと無頓着なので、むしろ見かけない少年がそんなところに座っている、ということに興味をひかれた。

    ―あんな高いところ、上ってみたことなんてそういえばなかったわ!どうやって上ったのかしら。あそこから見る海はきれいかしら。どうなのかしら。

    ディルキエは好奇心がうずうずして、ふるるっ、と小さく武者震いした後、ためらいなく叫んだ。

    「おーーーーーーーい!!!そこで何してるのーーーーーーーーっ?」

    少年はびっくりして飛び上がった。

    呆然としてこちらを見下ろす。瞳は柘榴のような赤で、とても珍しく、何より可愛いなあとディルキエは思った。にっこりと満面の笑みを浮かべて躊躇なくまた叫ぶ。

    「ねーーーえーーーーーー!どうやってそこ上るのおおおおーーーーっ?」

    「ちょ、ま、何、何よ、まて、まて!」

    少年は慌てふためいた。

    「ねーーーーーーーえーーーーーーーー」

    少年はほとんど泣きべそをかきながら急いでそこから飛び降りてきた。とても高いところから落ちてきたのに、まるで猫のようにふわりと、綿のように着地した。それもまた不思議で、まさにディルキエの目を輝かせた。

    「すごーい!!すごーい!!どうやったらそんんむぐ・・・っ」

    「黙れ!いいから黙れ!馬鹿!馬鹿!!馬鹿!!!」

    少年は青ざめた顔でディルキエの口を塞いだ。爪が頬を少しひっかけた。ひりひりする。

    少年は周りをきょろきょろと見ながら、その細い体でよくこれだけの力が出せたな、というような強さでディルキエを引っ張って蔭に隠れた。少年も必死でがむしゃらだったのだろう。もとい、ディルキエにも抵抗する気は全くなかった。ディルキエの中は今、好奇心による楽しさでいっぱいだったのだ。

     

    十四歳の秋のことだった。

     

    その日から全てが、未来を決めてしまった。

     

    幸せを。幸せを。そして彼らには不幸せを。

    与えましょう。与えましょう。

     

     

     

    「ディ、ルキエ…レフレ、リス、は…、ダゲ、ル、ゼディア…フィル…フィ、ナ……、を、

    愛して、います、

     

    愛、して…ます、

     

    大、す、き、だよ…

     

    ゼ、ディア、だから、

    泣かない、で、?

     

    また、会いに、行く、から、     ね

     

     

    泣かない、で、

     

     

     

    なか、ない、   で―」

     

     

     

     

     

     

     










    (二、へ続く)

     

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